『女性と革命』
社会主義革命を通じて女性の解放を!
日本における女性の抑圧に対する闘争
以下は四月三日のスパルタシスト・日本グループによるフォーラムでの発言である。
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一九二一年五月一日、約二十人の女性が、日本の第二回メーデーで、一万人の階級的兄弟たちと共にデモに参加した。この女性たちは赤瀾会というグループに組織されていた。赤瀾会は女性の社会主義組織だった。メーデーの集会に先だって、赤瀾会は山川菊枝が書いた宣言文を準備していた。これは一九一七年のロシア革命の四年後にあたっていたが、その宣言はロシア革命が労働者や女性に与えた力のほど示している。
「メーデーは私達労働者の虐げられたる無産者の日であります。婦人と労働者とは幾十世紀の間、同じ圧制と無知との歴史を辿ってきました。然し黎明は近づきました。ロシアに於て先ず鳴らされた暁鐘は刻一刻資本主義の闇黒を地球の上から駆逐して行く勝利の響きを伝えて居ます。姉妹よ、お聴きなさい。あの響の中にこもる婦人の力を、さあ私達の力のあらん限りをつくして、兄弟と共に日本に於ける無産者解放の合図の鐘をつこうではありませんか。…
「赤瀾会は資本主義社会を倒壊し、社会主義社会建設の事業に参会せんとする婦人の団体であります。入っては家族奴隷、出でては賃金奴隷以外の生活を私達に許さぬ資本主義の社会…
「赤瀾会はこの惨虐な社会に対して、断乎として宣戦を布告するものであります。…社会主義は人類を資本主義の圧制と悲惨とから救う唯一の力であります。正義と人道を愛する姉妹よ、社会主義運動に参会せよ。」
その当時悪名高い治安警察法第五条によって、女性が政治団体に加入したり政治集会に参加したり政治演説を行うことは非合法とされていた。黒地に赤で赤瀾会の名をあしらった旗の下、第二回メーデーのデモ行進に参加した二十名の女性は全員逮捕された。この組織が行った次の主要な活動は、獄中の同志を釈放するのに必要な資金を集めるということだった。しかし国家弾圧によって赤瀾会は極めて短命に終わった。あるメンバーは社会運動から離れていった。その一方で、堺真柄や中曽根貞代のように、兵隊に反戦のビラを配布したということで逮捕される者もいた。高津多代子とその夫の高津正道は、天皇制を脅かす内容の出版物を刊行したということで逮捕された。
初期における女性労働者の英雄的な闘争
一八九〇年までには、日本の女性は発展しつつある産業経済を支える屋台骨となっていた。女性労働者はその大部分が年季契約奉公人であり、軽工業部門それもとりわけ繊維産業で男性労働者の数を上まわった。繊維産業では労働人口の六割から九割までが女性であり、十九世紀末には国民総生産の四割を産出するとともに、全外貨獲得の六割を稼ぎ出していた。
近代におけるいずれの社会革命でも、また多くの階級闘争の場面においても、女性労働者が最も大胆で勇敢な闘士の中に存在していた。低賃金、長時間労働、病気の蔓延、監獄のように劣悪な労働環境、そして頻発する性的暴力のために、女性労働者は闘いへと立ち上がった。日本で最初のストライキは一八八六年山梨県甲府市の雨宮製糸工場で起こった。百名以上の女工たちは長時間労働や低賃金や一方的な罰金制度に抗議してストを行った。この行動は経営者側を大いに慌てさせ、女工たちは一日一四時間労働に戻すことを含む待遇改善の要求のほとんどを勝ち取った。このストがきっかけとなり、同年夏には一連のストが起こった。
日本政府が一八八九年二月に明治憲法を発布する頃には、全国各地でストライキが盛んに行われた。同年九月末、大阪天満紡績で働く女工三百名が賃上げと約束した賞与支給とを要求してストを行った。女工たちは解雇と身体的危害の脅威に晒されつつ何日もストを続けたのである。このストが成功を収めたおもな要因は、男性機械工がストに参加する決定をしたことであった。十月五日にストが終結するまでに、男性六十名と女性二十名が逮捕された。しかし労働者たちは賃上げと賞与を手中に収め、その他の工場で働く労働者たちに手本となる前例を示した。
繊維産業の女性労働者が行った初期のストライキ行動は、組織的な労働組合運動の支援なしに行われた。その当時労働組合運動のいずれの陣営も、愛国的労働組合から社会民主主義的労働組合や共産党系の日本労働組合評議会に至るまで、女性労働者を組織化しようとしなかった。また「強制移住労働者」、つまり日本で働いていた朝鮮人や中国人も、大衆レベルで組織化しようとしなかった。一九三〇年代における第二次大戦以前の労働組合組織率が高かったなか、日本の女性は一九三〇年に全工場労働者人口の五二・六パーセントを占めていたにもかかわらず、組合加入労働者に占める割合は六パーセント以下にすぎなかったのである。現在、女性が日本において労働組合員に占める割合は二〇パーセント未満であり、組合執行部のポストに占める割合は五パーセント未満にすぎない。
日本の女性が労働運動で演づる役割が、一九二一年七月に行われた第二会世界共産主義婦人大会で記された。レオン・トロツキーはこの大会で演説し次のように述べた。
「世界の労働運動の過程で、婦人プロレタリアは巨大な役割をえんじている。わたしがこんなことをいうのは、わたしが婦人の会議で話しているからではない。ただ数だけをみても、婦人労働者が資本主義世界の機構のなかでーフランス、ドイツ、アメリカ、日本、あらゆる資本主義国でーどんなに重要な役割をえんじているかということは、はっきりとわかるからなのだ。統計がしめすところによると、日本には、男子労働者よりもずっとおおくの婦人労働者がいる。したがって、わたしの手もとにある資料が信頼できるなら、日本の労働運動では、かの女たちプロレタリア婦人は、決定的な役割をえんじる運命にあり、決定的な地位をしめる運命にある。」
こうした一連のストライキの後、日本政府はすばやく動いた。女性を男性に従属させる新たな社会的・法的構造を支える礎として、明治政府は武士階級が奉じていた儒教的色彩の強い価値観を採用した。新たに確立された社会秩序は、「家」という形態を取った。「家」とは、天皇を家庭(全国)の長として頂点にいただき、夫を各家庭内の絶対的長とする、新たな階層的社会構造を支える基盤を意味した。さらに明治政府は長子相続制をすべての階級に強要したのである。一八九八年には、民法の親族法と相続法が制定された。これら両法律は封建時代よりもいっそう厳格な家族管理を規定するものであった。一八九〇年には「集会および結社法」が可決され、女性がいかなる政治活動に参加することも非合法とされ、さらに政治演説を聴くことさえ非合法とされた。一九〇〇年、同法は前に述べた悪名高い治安警察法の条文によっていっそう強化されたのである。そして一九二〇年代には、ブルジョア新聞の『毎日』でさえ、「わが国は世界中のどの国よりも女性をひどく酷使し侮辱している」と論評していたほどである。
日本の女性は、百年以上もの間、この国のいわゆる家族制度に対して抗議し続けてきた。家族が明治憲法下の権威構造においてきわめて重要な位置を占めるようになったため、社会における家族の役割に疑問を呈するいかなる試みも政府の弾圧に晒された。一八八四年、女性の政治的権利を求めて全国を遊説していた岸田俊子は、家族制度を批判したため逮捕された。岸田は、家族とは女性にとって牢獄であると述べ、また娘のしつけのことを、枝葉を切り落とすことでかたちを整える盆栽の手入れにたとえている。家族制度に抗議したもう一人の女性が福田英子である。福田は一八八五年に清日間で締結された天津条約の後に起こった朝鮮独立運動に加担したとして、同年反逆罪で逮捕されたのである。一九〇七年には、彼女は社会主義女性雑誌である『世界婦人』を創刊した。そのなかで、男女平等は社会主義の方針に従った社会の変化なくしては実現できないと説き、必要なことは私有財産の廃止だと主張したのである。
天皇制は社会的、性的な階層制度を正当化する
多くの点で、今日の女子労働者が直面している核心的問題は、明治期に「腹は借り物」として、家と国のためにふさわしい男子の跡継ぎを産むことを義務づけられた時代と本質的に同様のものである。女性は家庭においては愛国心と忠誠心の教師となり、社会の動乱に際しては良妻賢母として秩序安定の支えとなることが期待された。今日においても、反動的な良妻賢母のイデオロギーは依然として法律や家父長的慣習や宗教的迷信のなかに染みこんでいる。日本は超特急の新幹線、ソニーのゲーム機プレー・ステーション、ロボット工学、そして先進科学技術の本場である。日本は、世界の労働者の統治に委ねられたならば、飢餓や貧困を根絶する仕事に着手できる技術的な知識や能力を備えている。しかし女性は依然として、「山の神」が嫉妬するといけないからといって新幹線の建設中のトンネルに入ってはならず、「穢れ」ているとの理由から相撲の土俵に入ることも出来ない。
資本主義国の女性はすべて抑圧されている。しかし日本に関しては、何が多くの若い女性に日本を離れ二度と戻りたくないと思わせているのであろうか。日本では、女性の抑圧は天皇制の永続化と深く絡み合っている。その目的は、社会的及び性的なヒエラルキー、また家族、私有財産、日本国家の「栄光」を神聖化することである。日本には反動的な儒教イデオロギーや神道と仏教の宗教的迷信が社会の隅々にまで浸透しており、こうしたイデオロギーや迷信は、社会生活や私生活のあらゆる面にまで干渉し規制するための手段として、国家によって利用されている。それは、例えば親が自分の子供に名前をつける権利にまで及んでいる。政府は名前の公式リストを保持しており、つけた名前がそのリストに適合しなければ、その子供を戸籍に登録することができないのである。
一八九八年の旧民法で規定された伝統的家族制度は、第二次大戦後に制定された民法によって法律上無効とされた。ところが、こうした伝統的家族制度の基本的原則や慣習はいまだに存続している。新民法では家族制度の儒教的側面は取り除かれ、女性が明治民法の場合のように「愚鈍者」扱いされることはもはやない。しかし、婚姻と離婚に関する法規、および実父確定や相続に関する法規は維持されたのである。例えば、ある条項では、嫡出子と非嫡出子とを区別することが法律上義務づけられている。別の条項では、子供の実父を確定するという目的で、女性は離婚した後再婚するまでに最低六ヶ月間待たなければならないと規定している。妻は夫の財産の半分しか相続できないと規定する条項もある。新民法では、結婚に際して夫婦はどちらの姓を使用しても良いと認めているものの、戸籍登録のうえで夫か妻かどちらか一方の姓に統一しなければならないと定めている。また寺や墓地の管理者は、法的に義務づけられているわけではないが、別姓の者を同じ墓所に埋葬することを認めようとしない。これは、既婚女性は夫の家族と一緒に埋葬されるべきであるという考えからであり、死に際してさえも妻はなお夫に従うべきと説く古い諺を新たに継承するものである。
裁判所はいくつかの訴訟で、女性が結婚した際や一般に三〇歳とされている結婚「適齢期」に達したときに、女性に退職を強いることは違法であるとの判決を下している。その一方で、女性は世間の圧力によって「身を落ち着かせる」よう強いられ、社会で女性に「ふさわしい場所」である家庭は素晴らしいものだと決めつけられる。年齢のいった未婚女性は、現在「負け犬」とか「もてない女」などと呼ばれている。五〇歳以上の未婚女性となると、国勢調査で特別な区分をされことになり、「生涯未婚者」の烙印を押されてしまう。
日本人女性は、ほとんどの国際的な社会的指標で、最下位に位置している。これは労働人口に占める割合、仕事の種類、給料、政治家の人数などに関して紛れもなく真実である。まず、欧米女性の七割以上が働いているのにたいして、日本人女性は五割強しか働いていない。そのうえ、従事しているのは主として「非常勤」の仕事に限られている。全パートタイム労働者の七十七パーセントが女性である。その給料は平均すると男性の給料の六割以下である。この割合はすべての先進国のなかで最低であり、日本人女性が十九世紀末に繊維労働者として初めて産業に入って以来、一貫して維持されてきた。
女性を特に抑圧することは支配階級が権力と利潤を維持するために可欠であり、支配階級がこの抑圧を自発的にやめるということはないだろう。労働人口のなかでも安価で最低の労働力が莫大な利潤を可能にする。なぜなら社会的保護をほとんど受けない低賃金労働者である女性の置かれた状況が、労働者階級の賃金と労働条件とを全体的に押し下げるからである。
言語は社会的現実の反映である。そして日本社会のヒエラルキー構造、例えば家庭や学校や会社で見られる先輩・後輩の関係といったものは、四階層からなる自己卑下的言語構造にはっきりと現われている。それは、階級や年齢や性別や社会的地位に基づき、話し相手に応じて何種類ものへりくだった態度を要求する。また、ほとんどの人々が理解できない特殊言語も依然として存在しており、それは天皇制に関連するあらゆる制度に神秘的なオーラを付与するのに役立っているのである。
しかし、日本社会の不平等を最も端的に反映しているのは、書き言葉や話し言葉に明らかに示されているように、恐らく女性に関する言葉である。「女言葉」は意図的に服従や従順を促そうとするものである。それは、あらゆる公的な役割を果たすために使用され、姻戚と接する際には家庭内でも使われる。女性に関連する文字は全て、謙虚さを意味するか侮蔑的なものばかりであり、女を表す文字で始まっている。妻を表す言葉は、誰の妻を指すかによって多くの種類があるが、それらは全て「家の中にいる者」という意味を含んでいる。われわれは社会的地位や年齢や性別による差別を一掃するため、またそれと共に自己卑下的な言葉に表れた差別の反映を廃絶するために闘う。
女性の抑圧は核家族にその根源を持っている
女性の抑圧は私有財産に基づく社会制度である。それは他のものと同様変えることができる人類の発明品である。女性抑圧は家族制度に根ざしており、全ての階級社会の特徴となってきた。産業資本主義の始まりと共に、生産は家庭から工場へと移った。家事は完全に個人的なものとなり、女性は経済的に無力になった。そしてもっぱら社会的生産から締め出されたのである。
家族こそ、宗教によって成文化され強化される道徳を作り出す。女性に対してセックスの機会を管理する必要性は、男性の後継者となる婚姻上の子供が実際遺伝的にその男性の子供であることを確実にするためである。家族こそ、女性の生涯を通じて、その抑圧された状態に対する定義を、つまり娘や妻や母親といった定義を与える。十九世紀の革命家フリードリヒ・エンゲルスは、『家族、私有財産及び国家の起源』(一八八四年)のなかで次のように述べている。「母権の転覆は女性の世界史的な敗北であった。男は家内でも支配した。女は威厳の地位から落とされ、隷属させられ、男の情欲の奴隷、単なる子供を産む道具となった。」これがもし百年前の事柄にすぎないと考えるならば、石原慎太郎の発言を思い起こすべきである。数年前彼は、女性が更年期を迎えたなら生きる理由がないと言った。なぜならその時期から女性は社会的産業的な機能がなくなるからというものである。
家族は資本主義を維持するための重要な社会的構成単位である。資本家たちにとって、家族は蓄積した富を譲渡するための基盤を提供する。そして、譲渡すべき財産が存在しない場合、制度化された家族は、次世代の労働者を育て、病人や老人を介護し、保守的な社会的価値や権威への服従を植えつける役割を果たす。労働者階級の家族は、資本家が金を出したくない若者や年寄りの世話そして他の全社会的サービスを整えなければならない。従って革命後、家族の機能を社会化するという歴史的に進歩な役割を演じることは、労働者階級の物質的な利益となる。
核家族はみな社会から孤立して存在しており、そのため労働者の階級意識を弱める。婚姻や家族のような社会の制度や慣習は、支配階級が権力を維持し社会を統治する方策の一部にほかならない。宗教に基づく「家族の価値観」は、人々を統治するための、そして家族の正当化と強化を狙うブルジョアの法と秩序を支えるための保守的イデオロギーを整えるのである。
少なくとも一九九六年以降、夫婦別姓を認める法案の可決を国会に働きかける運動が存在している。現行法の継続によって、多くのカップルがまったく結婚しないという結果を招いている。先月、自民党議員は現行法を改正する夫婦別姓法案を実質的に握りつぶしてしまった。彼らの反対こそ、支配階級が、社会を統治するための基本単位として、核家族の存続に重きを置いていることを明瞭に示すものである。ある自民党員は次のように述べている。「提出された法案が可決されれば、社会に個人主義の行き過ぎをもたらし、わが国の家族制度を崩壊させてしまうだろう。この法案は日本を崩壊させるための運動の一つである。」(『共同』、三月十二日号)
核家族は、社会・経済の基本構成単位として、社会の全ての構成員に対して抑圧を及ぼしている。未婚のカップルや両親やその子供は日常生活の様々な場面であらゆる種類の差別的扱いに直面している。そして、戸籍がこうした差別的扱いを強化する手段となっているのである。戸籍制度は最も高い社会的地位にある人々にとってさえも苛酷である。例えば長男の場合は、もし性別を変えたいと思っても、性別の変更を戸籍に登録することが禁じられていおり、そのため「非人」となってしまうのである。
これに関連する多くのブルジョア的偽善が存在する。日本政府は何年もの間出生率の向上に向けた運動を行ってきた。日本共産党はこうした反動的な出産奨励の時流に便乗し、一九九九年には高出産率こそ女性の社会的平等を示す指標であると公言した。その翌年、彼らによる「『ルールなき資本主義』を是正する経済改革の提言は、『低出産率』を克服するという課題と密接に関連がある」と述べている(日本共産党第二十二回党大会決議案、二〇〇〇年)。同時に、夫婦に子供が二・五人のいわゆる理想的家族構成を逸脱して子供を産もうとする女性は社会から排斥される。シングルマザーは国の経済的援助をまったく受けられない。婚姻外で生まれた子供は学校でいじめに会う。そして、代理母出産で生まれた子供が家族の戸籍に入ることを国は認めないのである。それは、こうした子供が法律上存在しないことを意味する。
プロレタリアートのメンバーとして、階級的兄弟たちの側にいる働く女性は、解放に向けて闘うために必要な社会的力を持っている。労働者革命を通じた資本主義秩序の打倒は、全ての抑圧と搾取を一掃する道を切り開くだろう。それは世界的な計画経済による物質的豊かさに基づく社会への道を切り開くだろう。これを成し遂げることによってのみ、われわれは抑圧的な家族制度を社会化した家庭サービスで置き換えるこができ、女性が社会的政治的生活に完全に参加するよう解放することができる。
マルクス主義対改良主義
われわれは女性が資本主義の下で解放されることも平等になることもないのを理解している。この理由から、われわれが現在と社会主義革命の間に何もしないということになるのだろうか。マルクス主義者が、状況をただ少しよくする改良を支持しなかったり、また改良に向けて闘わないことになるのだろうか。
マルクス主義者は、改良のための闘争、すなわち、権力をこれまでどおり支配階級の手にのこしておくなかで、勤労者の地位の改善のための闘争をみとめている。例えばわれわれは、結婚後夫婦が別性を望むのを認める法律に賛成だしそのために闘う。われわれは、人々が死後どのように財産を分けるかを決める権利を支持する。われわれは、婚姻外で生まれた子供に対し差別を加えるあらゆる法律に反対する。われわれは、ホモセクシュアルに対するあらゆる差別と闘う。われわれは、もし望むなら性を転換する権利を防衛する。われわれは、同性愛者の結婚権利を防衛する。
こうしたことのいずれも資本主義経済制度の基礎に反対していない。しかし、資本主義が存続するばあいには、改良は恒久的なものでも重大なものでもありえないことを理解している労働者は、改善のために闘い、その改善を賃金奴隷制に対するいっそうねばりづよい闘争をつづけるために利用する。労働者は、自己の階級闘争の発展と拡大のために改良を利用する。
それと同時に、マルクス主義者は、労働者階級の努力と活動を、直接または間接に改良だけに限定する改良主義者に対して、もっとも断固としてたたかう。改良主義は、労働者に対するブルジョア的な欺瞞であり、労働者は、個々改良がおこなわれても、資本の支配が存在しているかぎりは、つねに賃金奴隷にとどまるであろう。利潤を最大化するため搾取率を引き上げることは資本主義の本性である。女性の抑圧、失業、人種差別主義、戦争は、資本主義経済制度の作用と切っても切れないものである。
資本主義反革命と「市場改革」に反対せよ
女性の権利をめぐる闘争は、ソ連や東欧における資本主義反革命の後では特に政治的重要性を増している。初期のソビエト共和国では、レーニンとトロツキーによる指導部の下、育児と日々の家事を共同事業とすることにより、女性を家事労働から解放しようと試みたのだった。同性愛や中絶を禁止する法律は廃止され、また離婚手続きは簡素化された。しかし、抑圧的な家族制度の廃止は社会主義革命によってのみ始まる。家族は法令によって廃止することはできず、それは置き換えられなければならないのである。内戦と帝国主義による侵略で荒廃した革命後のソビエト・ロシアにおける欠乏という条件下では物質的富は不足していた。スターリン主義の官僚カーストが権力を握るとともに、革命初期における女性の獲得物は廃止され、家族は「社会主義の戦闘部隊」として称えられ、権威主義に基づく官僚への服従を強化するために利用された。これらの地域では帝国主義的「自由市場」の復活によって、女性や労働者の運動がプロレタリアートによる国家権力獲得を経て勝ち取った権利に対し猛攻撃が浴びせられている。
ここアジアでは、「社会主義市場経済」の猛威を最も明瞭に描いているのは中国である。中国では一九四九年の革命以前、日本と同様、女性に対する系統的な抑圧が儒教法典に組み込まれていた。この法典は女性が父に対し夫に対し皇帝に対し忠実であるよう強要した。中国ではほとんどの女性は名前さえなかった。結婚で売られるというのが彼女たちの運命だった。若い女性はてん足を受けるという苦悩に晒された。大多数の女性は、絶えず不具にされ、社会的生産でのいかなる役割からも遮断され、夫のための家事奴隷や性的道具として家に閉じ込められた。そして資本主義支配の打倒は、何億人もの女性が巨大な前進を成し遂げる基礎を整えたのである。中国の歪曲された労働者国家におけるスターリニスト官僚による歪曲、貧困、社会的後進性は、女性の解放を成功させるにはぼど遠い。女児の間引きや売春のための誘拐、強制結婚などが増加している中で、女性が勝ち取ったものが今や増々攻撃にあっている。マルクスの言葉を借りれば、すべての過去のがらくたが復活しているのだ。われわれは、帝国主義と内部の反革命から中国の歪曲された労働者国家を無条件に軍事的に防衛する立場に立つ。スターリニスト官僚は、国内では深刻なまでに国有財産制度を弱体化させる一方、国際的には帝国主義に妥協している。こうした官僚は、中国労働者のプロレタリア政治革命によって一掃されなければならない。この革命は、官僚による政治支配を労働者民主主義で置き換えるためになされるものである。
これに加え、帝国主義的競争の激化と資本家の搾取強化による利益拡大の動きが反動的な社会風潮を煽り立て、資本主義世界全体で基本的人権の制限や削除を狙った動きが強まっている。日本帝国主義は、人種差別主義で残虐な太平洋での戦争を書き換え、慰安婦を売春婦と称し、日の丸、君が代を国旗、国歌として強化しようとしている。こうした企ては、ブルジョアジーが次の帝国主義の大虐殺に向けて労働者階級をイデオロギー的に準備しようとしている一部に他ならないのである。
社会主義革命こそ資本主義の危機に対する唯一の解決である
不況が深刻化し大手企業が大幅な雇用の削減に着手し始めるに従い、女性がまっ先に解雇され、また雇用は一番最後に回されている。職場は、女性解放のための闘いと、賃金奴隷からの解放に向けたプロレタリアートの闘いが交差する場である。女性の働く権利を防衛することは、抽象的な未来のための任務ではなく、社会主義革命に向けた闘争の不可欠の一部なのである。女性とマイノリティー労働者の防衛の中心となるのは、パート制度の廃止と共通の産業組合への組織化であり、その組合は同一賃金、及び職業訓練、職種昇進機会の平等を求める闘争を行なうだろう。賃下げを伴わない労働時間の短縮のために闘わなければならない。二四時間の無料の幼児託児所を呼びかける。
労働組合の誤った指導部は女性の権利に向けて闘おうとしない。このことは、どんな組合のメンバーをも防衛しない弱い組合に結果し、また社会全体に女性嫌いの情況を生み出している。既存の改良主義指導部は、女性労働者は一時的なものに過ぎず、従って男性労働者とは異なって待遇を受けるべきだというブルジョアの見解を受け容れている。つまりそれは、女性に対するより低い賃金、わずかでもあればましな程度の社会保障、組合は保護しないということである。必要なことは、改良主義組合指導部を三大労組連合のすべてから放逐し、日本人、非日本人、男子、女子を問わず、すべての労働者階級を共通の闘争に組織することが必要なのである。
労働者階級は、また景気後退がもたらした伝統的家族観を強化しようとする社会的機運の増大に反対して闘わなければならない。女性にもっと子供を生ませようとする反動的な試みを阻止せよ。われわれは、要求に基づく無料の中絶と無料で安全な避妊薬の完全な利用機会を呼びかける!われわれは莫大な研究予算と、さらにHIV感染者、エイズ患者および活動家に対する差別的な扱いを止めることを要求する!
今日の日本社会に重くのしかかる封建性に由来する厳格な位階制度に対し巨大な敵意が存在する。最近の調査では、二十代の女性の半数以上が結婚してないか、そうする計画を持っていないことが分かっている。若い女性は女言葉を使うのを拒否し、代わりに男性によってのみ使われる言葉を選んで使っている。これが、横柄な男性優位主義社会で平等を成し遂げる闘いにおいて、ある女性たちが選択してきた解決策である。こうした個人的な反抗行為は、元気づけはするが、女性の抑圧の根本的な点に挑戦するものではない。
真の人間の尊厳や平等は、製鉄所や鉄道や自動車工場といった生産手段の共同所有よってのみ、創り出すことができるのである。その時には財源の配分は、大手町で作られる利潤によってではなく、人間の必要性に従ってなされるだろう。資本主義が女性の解放に適するよう十分改良できることなど決してない。家族制度が資本主義制度の不可欠な一部であるが故に、女性の解放闘争は資本主義の下では成し遂げることができないのである。
労働者階級を勝利に導くことのできる多民族から成るレーニン主義的トロツキスト党を日本に建設しようとする者は、女性の解放がプロレタリア社会主義革命の中心となることを理解しなければならない。われわれによる労働者共和国をという呼びかけは、労働者階級を賃金奴隷から解放する任務を、例えば天皇制のような封建主義に由来する全ての社会的腐敗物を一掃する必要性と結び付けるものである。スパルタシスト・日本グループは、革命的ボルシェビズムによる解放的綱領への感銘に基づいた国際共産主義運動の一部として、このような党をここ日本に建設するため闘っている。
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