1999年5月1日
国際共産主義者同盟の宣言
労働者革命を通じて
帝国主義を打倒せよ:
セルビアを防衛せよ!
アメリカ/国連/NATOの軍隊は全て
バルカンから出て行け!
労働者のヨーロッパを!
セルビアに対する帝国主義戦争は、すでに、第二次世界大戦以来、ヨーロッパにおいて最も大きな軍事的大火となっている。何週間にもわたってセルビアに爆弾と巡航ミサイルを浴びせるなかで、セルビア人の支配する残存するユーゴスラビア共和国への全面的な侵略に向けて、欧米帝国主義者の力は益々強化されつつある。バルカンは、ふたたびヨーロッパの火薬庫となり、我々を新しい世界戦争へとさらに一歩近づけた。社会主義革命の世界党を建設するために闘っているプロレタリア国際主義者として、国際共産主義者同盟(第四インターナショナリスト)は主張する
: 労働者革命を通じて帝国主義を打倒せよ! アメリカ/NATOの攻撃からセルビアを防衛せよ! 国連による経済制裁を打倒せよ! アメリカ/国連/NATOの全軍隊はバルカンから出て行け!
3月25日のスパルタシスト同盟/アメリカによる声明は次のように主張した。
「バルカンにおけるアメリカ帝国主義へのいかなる打撃も、階級敵を弱める助けとなろう。それは、アメリカの労働者階級と被抑圧者に、ウォール街とその政治代理人、すなわち民主党と共和党によって加えられる猛烈な攻撃に対して闘う好機を与える。我々は、多人種からなる革命党を建設するために闘っている。それは、階級闘争のきびしい試練のなかで鍛え打ち固められる。革命党は、わずか一握りの堕落した富者から産業と権力を奪取し、平等な社会主義経済を創り出す社会主義革命を通じて、人種差別主義、搾取、戦争に基づくこの全体制の打倒に向けて労働者階級を導く不可欠の道具である。」
ヨーロッパでは、セルビアに対する残虐な帝国主義の攻撃は、社会民主主義者と旧スターリニストに率いられた資本主義政府によってなされつつある。かつて軍事歴史家クラウゼヴィッツが言ったように、戦争は他の手段による政治の継続である。人種差別主義の資本主義緊縮政策を強化することによって国内でブルジョアジーにその忠誠を示すなかで、今日社会民主主義者は、国外で帝国主義の下働きをすることで、右翼の前任者よりむしろずっと精力的である。3月25日付の『ベルリナー・ツァイトゥング』は次のように述べた。「赤と緑の政府が、連邦共和国の創設以来初めて、ドイツ軍部隊を軍事介入へと送り出したおかげで、国家が利益のないイデオロギー的、政治的対立をしないですんでいる。」戦争の開始とともに、国際共産主義者同盟の各国支部は、ただちに帝国主義の戦争宣伝を暴露し、「自国」ブルジョアジーに対して世界の労働者を動員しようとして声明を出した。
害毒となる新たな民族主義が反革命の動力となるなかで、ソ連の堕落した労働者国家の破壊は、地域戦争の急激な増大と帝国主義による軍事的冒険を引き起こした。以前は共通の反ソ同盟の必要性によって抑制されていた帝国主義間対立が、新たに勃発したのである。セルビアへの爆撃をめぐって現在のNATO「同盟諸国」による統一のまさに水面下で、アメリカ、ヨーロッパ、日本の間での増大する貿易戦争に表われている根本的でエスカレートする帝国主義間対立が存在している。ソ連邦崩壊後の世界は、ますます1914年以前の世界に似てきている。バルカン半島において民族主義の憎悪をたきつけた帝国主義の策動こそ、第一次世界大戦に直接導いたのである。
今日NATOの爆撃は、より広範囲なより血まみれた国際的大火への導火線である。それは恐らくギリシャ、トルコ、ロシアを引き込むだろう。NATOにとってソフトな警官として行動する一方で、資本主義ロシアがアメリカ/NATOのセルビアへの軍事攻撃を非難するのは、地域的な帝国主義国家として自己主張するための野望と一致している。ロシアとアメリカはいずれも大量の核兵器を保有している。そしてアメリカはすでに、1945年の広島と長崎への核による大虐殺で、こうした核兵器を使用する用意のあることを示しているのである。フランスやイギリスやイスラエルが、より抑制されるだろうと誰が信じるのか? 資本主義は不合理なシステムである。このシステムに内在する利潤と勢力へ向けた気違いじみた衝動は、もし国際プロレタリア革命を通じて阻止されないならば、必然的に核兵器をともなう第三次世界大戦へと導くだろう。
ユーゴスラビアへの帝国主義によるテロの嵐
セルビアに対するNATOの戦争は、「民族浄化」に対するコソボのアルバニア系住民の「人権」とか保護などとは何の関係もない。この戦争は、コソボのアルバニア系住民についてのものではない。それは征服か、もし必要ならば、ミロシェビッチの排除を通じてセルビアにおける相当なアメリカ/NATOの軍事的存在を導入するための長年のアメリカの計画を実現することを狙った支配のための戦争である。いつから帝国主義者が被抑圧者を気にかけるようになったというのか?何10万という移民が、毎年、ヨーロッパの諸政府によって国外追放されているのだ。実際、こうした同じ政府は、コソボからの難民に対し国境を開放しなければならないという考えに逆上したのである。
国際共産主義者同盟(ICL)はV・I・レーニンの伝統に拠って立つ。1915年に書かれ、戦争中ヨーロッパの労働者と兵士に秘密裏に配布された革命的国際主義に基づく力強いハンドブック「社会主義と戦争」は、次のように教えている。
「現在の戦争で自国政府の勝利を擁護するものも、『勝利でもなく、敗北でもない』というスローガンを擁護するものも、社会排外主義の立場に立つものである。反動的な戦争では、革命的な階級は自国政府の敗北をのぞまないわけにはいかない。また、自国政府の軍事的敗北と、この政府を打倒することが容易になることとの関連性を見ないわけにはいかない。」
レーニンは、小国あるいは半植民地人民に対する帝国主義の戦争の場合には、「自国」政府の敗北に向けて闘うだけでなく、帝国主義の侵略による犠牲者を防衛することが、労働者階級の義務であることを強調した。現在の戦争では、我々は、セルビアの軍事的防衛の立場に立つと同時にミロシェビッチ政府に政治的支持を微塵も与えない。我々は、アルバニアの分離主義者が、単にNATOの略奪的な目的の手先になるまでは、ベオグラードのセルビア排外主義に対して、コソボのアルバニア系住民の自決権を呼びかけた。マルクス主義者にとって、コソボのアルバニア系住民の民主的な自決権は、現在、帝国主義の爆撃と脅威的な侵略に対する闘争に従属されている。
実際、バルカンにおける全面的な民族主義による虐殺は、資本主義反革命を通じて旧ユーゴスラビアを破壊しようと推し進めた帝国主義者によって直接扇動されたのである。ユーゴスラビア社会主義連邦共和国は、第二次世界大戦から生じた。この時チトーの共産主義パルチザンは、クロアチアのファシストのウスタシャやセルビアの王党派のチェトニクとだけでなく、占領するナチのドイツ国防軍とも戦った。チトーのパルチザンは、この戦争中ユーゴスラビアで地方自治主義に反対する唯一の勢力だった。しかしチトー体制が公に訴えた社会主義的民主主義の理想は、官僚主義的歪曲や一国社会主義建設という綱領をもったスターリン主義の内在する限界によって掘り崩された。チトーは「市場社会主義」を導入した。そしてそれは、帝国主義の経済的浸透に対しユーゴスラビアの門戸を開き、また様々な地域間の不平等を強めた。このことが復活した民族主義をあおりたてたのである。
チトーの死後、官僚制は民族の線にそって崩壊し始めた。中央銀行の総裁として「市場改革」を推進したミロシェビッチは、とりわけコソボのアルバニア系住民に対して「大セルビア」排外主義に訴えることにより、彼の政治的仕事に着手した。この中で、彼は、資本主義復活と民族主義との間の連結を具体化させた。しかしこの点については、ミロシェビッチ一人だけではなかった。クロアチアにおける彼の同類、フラニョ・ツジマンは、ナチスドイツの傀儡で第二次大戦中のファシストのウスタシャを偶像化し、またボスニアの指導者アリヤ・イゼトベコビッチは、狂信的な民族主義者でイスラム反動主義者である。マルクス主義者は民族主義の害毒に反対する。そしてミロシェビッチからツジマンに至るまで、この地域の全ての血まみれた民族主義政権を打倒するため、セルビア、クロアチア、スロべニア、ボスニア、マケドニア、モンテネグロ、コソボの労働者の階級的統一のために闘う。バルカンの社会主義連邦を!
チトー主義のユーゴスラビアの終末的危機は、1991年初めに到来した。この時クロアチアとスロベニアにおいて新たに選出された右翼民族主義政府は、連邦国家からの分離を宣言したのである。そしてドイツは、ヨーロッパの同盟諸国を圧倒するため、この独立の承認に動いた。アメリカがそれから、モスリム民族主義勢力の指導部の下、独立ボスニアの背後で自己の地位を利用しようとして、ドイツに加わったのである。クロアチアでは、アメリカとドイツは、ファシスト的ツジマン政府に、単に大量の現代兵器を与えただけでなく、ハイレベルな訓練と高級顧問を用意した。このおかげでクロアチア軍は、1995年半ば、NATOによる空爆の援助を得て、ボスニアのセルビア人軍事勢力を敗走させることができたのである。何10万ものセルビア市民が、この戦争でたった一回の最大の「民族浄化」行動で、この時クロアチア勢力によって追い出された。同時に、アメリカは、アフガニスタンでソ連軍と戦ったムジャヘディンの殺し屋を含めて、ボスニアのイスラム原理主義の殺人者に資金を与え武装したのである。
ユーロ「社会主義者」
戦争はいかなる時も革命家にとって決定的な試練となる。トロツキーは、戦争に対するプロレタリアの立場が、「『祖国防衛』という最も重要な問題に関する公の世論と完全にかつ実際に決別することを必要とする。」と主張した。エセ左翼は、このトロツキーの主張を否定的に証明している。彼らは、セルビアの防衛を拒絶する一方で、「哀れな小さいコソボ」という帝国主義者による戦争スローガンに加わっている。セルビアの真の民族的存在という権利が、帝国主義諸国の攻撃にさらされているのだ。爆撃に対しうわべだけの平和主義的な反対にもかかわらず、彼らは、自国帝国主義とその社会民主主義政府あるいは人民戦線政府の戦争目的の背後で共に緊密に行進している。彼らは選挙で社会民主主義、人民戦線政府を支持したのである。「NATOによる爆撃を阻止せよ」というのはごまかしであり、そのメッセージは「欧州連合(EU)の管理下にある地上部隊を使ってバルカンで戦争を実行せよ」ということである。プロレタリアートの革命的能力にたいするいかなる確信をもはるか以前に放棄してしまった現在の「共産主義の死」を受け入れた左翼にとって、国連、EU、NATOのどの旗の下であろうと、血まみれた帝国主義者は、世界の被抑圧民族へ「人権」をもたらす手段なのである!
「戦争反対」と思われる宣伝のもとで、ヨーロッパの「左翼」は、単に自国帝国主義ブルジョアジーのスポークスマンとして活動しているに過ぎない。ヨーロッパの帝国主義ブルジョアジーの利害は、決してアメリカ帝国主義者のそれと同様ではない。「ユーゴ危機におけるNATOへの協力は、単なる口実であり、アメリカとそのヨーロッパ同盟諸国との間に存在する大きな相違を覆い隠している」と、元国連の高官はサンフランシスコの『クロニクル』に語っている。4月15日付けの同じ記事の中で、左から右までの全範囲にわたる人々の意見が掲載されているが、それによると「こうした人々は、コソボにおける干渉を、アメリカの意志をヨーロッパの将来に押しつけようとする見え透いたごまかしの努力と見なしている。」フランスについて、『クロニクル』は次のように記した。「新聞の論評はアメリカに対し絶えず非常に敵対的である。それゆえ読者は、パリが、ユーゴの軍隊と戦争しているというより、むしろペンタゴンと戦争していると想像するのももっともである。」一方元ドイツ首相ヘルムート・シュミットは「アメリカ人の革ひもにつながれている」と不平をもらした。
このように「左翼」は、自国の資本主義支配階級を支援する。彼らの「反米主義」は、反帝国主義のプロレタリア国際主義に対する安っぽい代用品であり、そしてこの国際主義に対する障害物である。ブルジョア「世論」の流れに乗りながら、「左翼」のスローガンは、あからさまなファシストのそれと完全に一致している。例えばドイツでは、ナチスが、「外国の利益のためにドイツ人の血を一滴たりとも流してはならない!」という声を上げているのである。
おそらく戦争に賛成する「左翼」の中でもっとも露骨なのは、かつてのスターリニスト党である。それは、もちろん政府に入っているフランス共産党(PCF)に例証される。ルーアンでは、「ヨーロッパとフランスは平和の構築に参加しなければならない」という見出しの付いたビラが、革命的共産主義者同盟(LCR)とPCFの署名入りで出されたが、それにはNATOの爆撃がミロシェビッチを排除していないという不満が載せられている。「ミロシェビッチはまだ失脚していない! アルバニア人は追いつめられ虐殺されつつある! これが軍事的冒険の最初の結果である。逆に、この地域の平和は、民族主義の独裁政権に反対し、民族的マイノリティの権利のために闘っている弱い社会的民主的勢力への積極的かつ断固たる支持を意味する。」
統一書記局派(USec)のフランス組織でありエセトロツキストのLCRは、その機関紙の中で、よりはっきりと戦争のための宣伝をさかんに行なっている。そしてLCRは、ヨーロッパが支配する軍事ブロック、ヨーロッパ安全協力組織(OSCE)あるいは国連の下で、コソボへの帝国主義による軍事介入を公然と呼びかけたのである。四月一日付けの彼らの新聞『ルージュ』は次のように公言した。
「NATOは、解決のための唯一の、またとりわけ最良の楔ではなかった。(特にセルビア人とアルバニア人で構成された)多国籍の治安部隊設置の諸条件を、過渡的な解決を強化するためOSCEの援助の下で見いだすことができただろう。」
翌週の『ルージュ』の声明は、「国連管理下の多国籍軍」によって治安維持がなされるというセルビアとの合意案を主張した。しかし真に強盗やその犠牲者の巣窟であるその国連は、北朝鮮の歪曲された労働者国家に対する1950-53年の戦争から、何万人ものイラク人が虐殺された1991年の湾岸戦争に至るまで、帝国主義的軍国主義の道具となってきたのである。
アラン・クリヴィーヌのUSecは、フランス帝国主義の利益のための代弁者として活動している。彼らは、アメリカが支配するNATOの介入に対して、バルカンにおけるヨーロッパ帝国主義による派遣軍の呼びかけを対置しているのである。イタリアの共産主義再建党(RC)やドイツの民主社会党(PDS)(元党議長オスカー・ラフォンテーヌのような何人かの社会民主党(SPD)のメンバーもそうである)は、同じ民族主義の反米主義という看板を強く押し出している。アメリカ政府が第一の帝国主義の軍事力を保有する一方で、ヨーロッパの帝国主義諸国をアメリカに比べより情深い国家として描こうとするこうした試みは、単に悪意に満ちた社会愛国主義にほかならない。それならば、多分アウシュビッツのドイツブルジョアジーは、アメリカのブルジョアジーより道徳的により優れているとでも言うのか? アルジェリアやインドシナにおけるフランス植民地主義の卑劣な歴史、またイギリス帝国によるアイルランド、インド亜大陸、アフリカ、中東における略奪や虐殺の歴史はどうなのか? イタリアのブルジョアジーこそリビアで強制収容所を発明したのだ。彼らは、エチオピア住民に対し、初めての毒ガスを使用し、また第二次世界大戦中、バルカンにおいて数え切れない虐殺行為を行ったのである。
フランスのエセトロツキスト組織リュット・ウブリエル(LO)は、特殊な抑圧を無視することによって、労働者階級の後れた偏見意識を満たしてやることで相当有名である。LOは、女性への抑圧、同性愛嫌い、人種差別主義、フランスにおける民族問題のいずれにおいてもそうである。他のエセ左翼と共に、LOは、フランスにおけるバスクの自決権を否定する。しかし、彼らもまた突如として、コソボ住民の自決権の擁護者となったのである。4月9日付けの論説の中で、『リュット・ウブリエル』は次のように書いている。「他の西側諸国政府と同様、もしフランス政府が実際にコソボ住民を助けているのならば、それは目に見える形になるだろう。そしてテレビに映し出される延々と続く避難民の列を見ることはないだろう。」NATOの軍事攻撃に対して反対を主張したにもかかわらず、この立場からする論理は、帝国主義者がさらに断固として介入し、セルビア軍を実際に粉砕すべきだということである。この戦闘での主要な敵として、帝国主義者よりむしろミロシェビッチを悪魔として描くことにより、LOはブルジョアジーの左翼弁解者として奉仕しているのである。
同じ傾向のなかで、小さなインターナショナル・ボリシェビキ・テンデンシー(IBT)は、ケベックの独立を冷笑し、さらに一般的には、例えば北アイルランドにおけるカトリック系住民のような抑圧された民族の権利に無関心で有名であるが、現在は「コソボ独立」に向けて大声で叫んでいる。明らかに彼らは、ただ帝国主義が後押しする人々の独立のみを擁護しているのである。
イタリアでは、共産主義再建党は国連への信頼を説教し、バルカンの危機を解決するため、ヨーロッパの資本主義諸国会議を呼びかけている。RCは、自国支配階級への支持を弁解するため、反米主義にすっかり夢中になっている。イタリアにおけるNATO空軍基地を閉鎖せよというRCの呼びかけは、イタリア民族主義の見地から上げられたものであり、またイタリア帝国主義のライバル(アメリカのような)に対して向けられたより強力な資本主義ヨーロッパの利益のためになされたものである。我々トロツキストは、ブルジョア国家に訴えるのではなく、むしろアメリカ/NATOの基地に反対する労働者の行動を動員するためイタリアのプロレタリアートに訴えるのである。セルビア、イタリア、アルバニア、アメリカのすべての労働者の利益に反して、こうした基地から破壊的な戦争が開始されつつある。我々は断言する
: 労働者革命を通じてNATOの反革命同盟を粉砕せよ!
RCの軟弱な「左翼反対派」である『プロポスタ』によって4月10日に出された4ページにわたる新聞の付録は、バルカンからのイタリア軍の即座の撤退を決して呼びかけてはいない。『プロポスタ』はアルバニアに侵略した以前の「オリーブの木」/RCブルジョア政府を支持した。
社会排外主義は「国家の利益」の防衛を意味する。すなわちそれは、支配的資本家階級による帝国主義的目的に共鳴するよう労働者階級に呼びかける。それは、改良主義者や親資本主義の労働組合の指導者による階級闘争の明らかな放棄を意味する。従って、イタリア労働総同盟(Cgil)、イタリア労働者労働組合同盟(Cisl)、イタリア労働連合(Uil)の官僚たちは、戦争が開始されるやいなや、鉄道ストライキを中止したのである。セルビア人労働者はイタリアの鉄道労働者の敵ではない! 敵はイタリアのブルジョアジーなのだ!
レーニンが主張したように、「日和見主義と社会排外主義との思想的=政治的内容は同一のものである。すなわち、階級闘争のかわりに階級協調、革命的闘争手段の放棄、『自国』政府の困難を革命の前進のために利用するかわりに、困難な状態にある『自国』政府への援助、これがそうである。」
改良主義の労働組合指導者は、帝国主義による利潤のわずかなおこぼれで買収されている。フランスでは、組合は組合のメンバーからよりも国家や資本家たちからより多くの収入を得ている。LOやLCRのようなエセ左翼グループは、ブルジョア国家から彼ら自身の補助金を受け取ることによって、こうした政治的堕落を張り合っている。しかし、勘定を支払う者が政治的指図をするのである。我々は資本主義国家からの労働組合の完全な独立のため闘う!
帝国主義強国を巻き込んでいるヨーロッパの主要な戦争の衝撃の下で、我々は、親帝国主義の戦争集会に参加しているかつての「革命家」や「反帝国主義者」の哀れな光景に出会っている。中間主義者の労働者の権力(WP)は、4月10日にロンドンで行なわれた「コソボのための労働者支援」集会で、徹底した労働党主義の労働者自由同盟と行動をともにした。この集会は、NATOの旗やアルバニア国旗、そして「NATO
がんばれ」、「NATO やるなら今だ」と派手に書きたてられたプラカードで埋め尽くされていた。「コソボのための労働者支援」は、1993年に始められた「ボスニアのための労働者支援」をモデルにしている。「ボスニアのための労働者支援」は、ボスニアにおける労働者に人道的援助を与えると装って、ボスニアのモスリム政府への支持を促進し、セルビア人、クロアチア人、イスラム教徒との間で起こった兄弟殺しの戦争において、国連軍と手を結んで活動した。この「支援」活動は、それによって、ボスニア系セルビア人に対し、直接帝国主義による軍事介入の口実を与える役割を務めめたのである。
WPのインターナショナル、革命的共産主義インターナショナルのための同盟(LRCI)は、3月30日にロンドンで行なわれた公の会議で声明を配布した、それは、NATOの攻撃からセルビア人を防衛せよというものであったが、一方で「セルビア人が占領する権利を持たないコソボでは防衛しない」と主張した! 同時にWPは、アルバニアの分離主義者にたいし、「『ユーゴ』軍
を追い出すため、帝国主義の爆撃を十分利用する」よう煽り立てたのである。さらに「もし(クリントンやブレアの)主要な関心がコソボ住民のことであれば、彼らの国家としての地位を承認し、セルビア軍を追い出すため、KLAに武器を与えるであろう。」と付け加えた。これはNATO帝国主義者へのあからさまなアピールである。
労働者の権力は、帝国主義者の現在の主要な敵であるミロシェビッチに反対する限り、バルカン(セルビアを含めた)におけるあらゆる反動勢力を実際に支持してきた。例えば、1991年6月、ドイツ第四帝国がユーゴの歪曲された労働者国家の破壊を画策しつつあった時、彼らは資本主義復活を唱えるスロベニアとクロアチアの独立宣言の即時承認を呼びかけた。一年後、WPのオーストリアの加盟組織である労働者の立場は、ブク・ドラスコビッチによるセルビア民族再生の支部との「統一戦線」にかかわった。この民族再生は、その時ミロシェビッチに反対していた大セルビアを目指す君主主義者やチェトニク主義者の組織である。1995年のNATOによる空爆の最中、WPは、帝国主義に対してボスニア系セルビア人の擁護を新聞に載せることさえ拒否したのである。
エセ左翼が社会排外主義者であり、その根本的方針がバルカンにおける帝国主義の戦争目的を支援するということは、まだ明らかになっていない。それは、現在単にNATOの手先である分離主義のコソボ解放軍への支持とNATOに対する口先だけの反対とを調和させようとして、彼らがやっている理論的こじつけにもかかわらずである。レーニンは、その当時の社会排外主義に反対して、ドイツ社民党の中心的指導者カール・カウツキーに論駁した。カール・カウツキーは、第一次帝国主義戦争の間、「言葉ではマルクス主義への忠実、実際には日和見主義への服従」を維持し続けた。レーニンは次のように書いた。「カウツキーは、社会排外主義の基本思想、すなわちこの戦争で祖国擁護をみとめることと、戦時公債にたいする投票のさいに棄権したり、自分らの反政府性を口さきで自任したりなどするという形での、左派にたいする外交的な、見せかけの譲歩とを、無原則的に『和解させよう』としている。」(レーニン「社会主義と戦争」、1915年)
しかし今日の労働者の権力のような左翼は、実際カール・カウツキーよりずっと右側にいるのである。
第二インターナショナルを崩壊させた「社会主義者」が労働者階級を虐殺へと導くには、第一次帝国主義世界戦争の開始と排外主義の狂乱を必要とした。今日、最初の爆弾がバルカン諸民族に落とされるなかで、「左翼」に生じたことは、すでに帝国主義に屈服してしまっていたということである。第一次世界大戦に直面し、レーニンは、全ての交戦諸国において帝国主義戦争を内戦に転化するよう労働者に呼びかけ、第二インターナショナルから真の社会主義者の分裂を要求した。
帝国主義へのエセ左翼によるイデオロギー的屈服は、「民主主義」や「人権」という名の下に、ソ連に対して欧米帝国主義を何年にもわたり支持してきたことに反映している。ソ連や東欧の歪曲された労働者諸国家が存在した限り、トロツキストとして我々は、帝国主義と国内の反革命に対し、無条件の軍事的防衛を呼びかけた。我々は、民族主義のスターリニスト官僚を打倒するプロレタリア政治革命のために闘った。それとは反対に、エセ左翼は、「反スターリン主義」の名の下で、親資本主義勢力のあらゆるやり方を支持したのである。追随者とともにトニー・クリフによる国家資本主義のイギリス社会主義労働者党(SWP)、またUSecや労働者の権力(後者はいくらか矛盾があるが)などのエセトロツキストは全て、クレムリン官僚による最後の客観的な進歩的活動であったアフガニスタンへのソ連軍の介入に反対した。1980年代前半、彼らは、CIA/バチカンが後ろ盾となったポーランドの連帯への熱狂的な支援に参加した。この連帯は東欧における資本主義復活のための推進力として最前線にいた。そして10年後、こうしたグループの全ては、エリツィンとその親帝国主義的「民主主義者」がソ連を破壊することとなった反革命を開始した時、彼らを歓迎したのである。
新たな労働党政府が選出された時、SWPは大いに喜び、労働党「左派」のトニー・ベンに付き従っている。そして「トニー・ベンは、フォークランド戦争も湾岸戦争も現在の戦争も反対している」(SWPパンフレット「戦争を阻止せよ」1999年4月)と言っている。トニー・ベンは、湾岸戦争の間、国連による制裁を呼びかけた「小イギリス」民族主義者であり、今日爆撃が国連の承認を得ていないと不平をいっている。また社会党(以前は「ミリタント」)の機関紙は、「ミロシェビッチを打倒する労働者の行動」(『社会主義』4月16日)を呼びかけている。一方で彼らは、言うまでもないが、イギリス資本主義を打倒するようイギリスの労働者に一度たりとも呼びかけはしないのである。
イギリスの「哀れな小さいコソボ」と訴える連中とは政治的に別なところにいるのは、炭坑労働者の指導者アーサー・スカーギルによって指導される社会主義労働党(SLP)である。3月20四日付けのSLPのプレス・リリースは、彼の言葉を引用し、はっきりと労働党の首相トニー・ブレアを殺人者と決めつけた。プレス・リリースは、帝国主義者の偽善行為を指摘し、「イギリスがいまだアイルランドの一部を占領している」と記した。しかしながら、現在の爆撃が「国連安全保障決議というとりつくろいさえもぬきに」実行されているというスカーギルの声明は、帝国主義のそうした機関への信頼を意味している。またノーマントン選挙区のSLPによるより左翼的な声明には次のようなタイトルがつけられた。「ユーゴスラビアとイラクを防衛せよ。帝国主義と闘争せよ。」この声明は、正しくも、ブレアの新たな労働党を「反労働者階級、親帝国主義」として暴いている。そして「我々は、断固として民族自決権という原則を信じる。そしてユーゴの場合は、それは彼ら自身の問題を解決する主権国家の権利を意味する。」と言っている。しかし、SLPによる二つの声明は、ミロシェビッチの悪意に満ちたセルビア排外主義に対して無批判なのである。
『社会主義ニュース』の4月/5月の中で、SLPは帝国主義を打倒することについては何も言わず、地上部隊の呼びかけをほのめかしている(「クリントンもブレアもコソボ解放軍の側に立ってコソボへ派兵しようとするいかなる意図も持っていない」)。そして「爆撃を停止する和平交渉という形を整えるため、アナン国連事務総長、ロシア首相エブゲニ・プリマコフ、ローマ法王」に呼びかけているのである! 非神聖同盟について述べてみよう。ローマ法王は、ポーランドにおける連帯の反革命にとって重要な工作者であった。国連事務総長は、ハイチやソマリアを侵略しイラクを飢えに導いている。ロシアの首相は、「ソ連崩壊後」の資本主義ロシアの首相である。こうしてSLPは、現在、我々に平和をもたらそうと懇願しているのである! バチカンに後押しされた連帯へのスカーギルの反対は、1984-85年のイギリスの炭坑ストライキ以前やその最中に、スカーギルとイギリス炭坑労働者に対する組合潰し攻撃の第一の標的として、サッチャー政府に利用されたのである。
イギリス帝国主義に反対したいと望むSLPの闘士は、SLPが愚かにも立ち返える「古い労働党」の政治的伝統が決して反帝国主義でないということを理解しなければならない。ブレア以前の労働党「左派」による「小さいイギリス」民族主義者は、インドからアイルランド、またイギリスへの入国許可を求めるアジア女性の「純潔テスト」に至るまで、自国帝国主義の側に立っていた。労働党主義の方針は、議会を通じた社会主義への道である。あたかも支配階級が、民主的選挙の後で、権力をプロレタリアートに引き渡すかのようである。その間、彼らは、資本主義制度の「慈悲深い」行政に参加しようとするのである。戦争を引き起こす資本主義制度に対する革命的闘争なくして、帝国主義戦争と闘うことはできない。
労働者階級は民族的、人種的抑圧と闘わなければならない
レーニンとトロツキーの下で、ボリシェビキは、1917年10月にロシアの労働者階級を指導して、資本主義国家の粉砕に成功した。ボリシェビキは、帝国主義の大虐殺から革命ロシアを救い出し、革命を世界に拡大するため共産主義インターナショナルを設立した。
しかしロシアと違って、第一世界大戦によって現われた鋭い革命的機会は、西欧のブルジョアジーの打倒へとプロレタリアートを導かなかった。この主要な責任は社会民主主義にある。こうした反革命の警察犬は、そのブルジョア主人に十分奉仕し、ドイツの共産主義者カール・リープクネヒトやローザ・ルクセンブルクのような革命家たちを虐殺したのである。
経済的に後れたソビエト国家への帝国主義の包囲という圧力、反革命的な帝国主義の勢力を粉砕した内戦におけるロシア労働者階級の荒廃状態、そして国外でのプロレタリア革命の敗北、こうしたことが、1924年の政治的反革命(テルミドール)の舞台を整えたのである。この中で、政治権力が、スターリンとその後継者によって率いられた民族主義的寄生的カーストに簒奪された。「一国で社会主義を建設する」という彼らの誤ったドグマは、実際には帝国主義への順応を意味するものであった。階級協調というスターリニストの綱領は、1925-27年の中国から、1936-39年のスペイン、1943-45年のイタリア、そして1968年5月のフランスに至るまで、初期の労働者革命を敗北へと導いたのである。そしてソ連プロレタリアートの革命的国際主義の意識を破壊するなかで、スターリニスト官僚は、ついに労働者国家を食い尽くし、1991-92年に資本主義反革命を呼び込んだのである。
アメリカ帝国主義の大統領ジミー・カーターは、「人権」という名の下に、第二次冷戦を実行した。今日、「人権」の帝国主義は、その戦争目的を正当化するため、帝国主義者とその取巻き連の合言葉である。第一次世界大戦中、イギリスとフランスは、ベルギーを解放するという名目でドイツに対する戦争を正当化し、その一方でドイツは、ロシアからポーランドを解放するため戦っていると主張した。レーニンは、こうしたブルジョアのごまかしを猛烈に嘲った。ポーランドの民族自決権を強く支持する一方で、彼は、帝国主義間戦争という状況の中で、このスローガンを掲げることは、ただ「帝国主義的君主国のどれか一つへの卑屈な下僕的態度に陥ること…」であると主張した。(「自決にかんする討論の総括」1918年7月)
ブルジョアジーは、現在「哀れな小さいコソボ」について大声で叫ぶ一方、彼らは、西欧も含め、民族的、人種的抑圧の多数の事例を作り出している。フランスのブルジョアジーは、何千という北アフリカ人や他のビザのない人々を抑圧し、「美しいフランス」から追い出している。ドイツは、トルコで必ず抑圧を受けまた恐らく死に至らしめられるクルド人を国外追放している。一方、ボスニアの難民は、ドイツ第四帝国による大規模な国外追放の犠牲となった。イタリアは、公海上でアルバニア難民を乗せた船を沈めた。ロマやシンチの人々は、「社会主義」ヨーロッパで恐ろしく苦しめられている。
バスクの人々に対する抑圧は、資本主義の「ヨーロッパ統一」が何ものであるかを暴露している。つまりそれは、自由のために闘っている抑圧された人々に対してテロをおこなうため、国境を越えた警察国家の調整を意味する。我々は、フランスとスペインの刑務所に留置されているバスク民族主義者の解放を要求する。そしてピレネー山脈の北と南に居住するバスク人の自決権を呼びかける!
ICLは、イギリス諸島の社会主義連邦におけるアイルランド労働者共和国に向けた闘争の一部として、北アイルランドからのイギリス軍の無条件即時撤退のために闘っている。相互浸透した諸民族という状況の中で、カトリックのマイノリティーは、現在宗派的なオレンジ半小国家内で抑圧されている。我々は、イギリス諸島全体のプロレタリアートの動員なくして、民族の抑圧にたいする何らの公平な解決もありえないことを認識している。プロレタリアートの動員は、イギリス帝国主義の革命的打倒に向けたものであり、南におけるカトリックの聖職権主義国家だけでなく北におけるオレンジ半小国家を粉砕するためである。
ミロシェビッチについてわめきたてる一方で、帝国主義者は、トルコにおけるクルド人の抑圧について大規模な強制移住を含めて、口を閉ざしている。NATOの南東の要塞であるトルコ政府は、抑圧されたクルド住民に対して、14年間にわたる戦争を実行してきた。それによって、およそ3万人が死亡し、全体で3千5百の村が破壊され、3百万以上のクルド人が家を追われたのである。プチ・ブルジョア民族主義のクルド労働者党(PKK)の指導者アブドラ・オジャランが、CIAによって追跡され、あらゆるヨーロッパ諸国からの庇護を拒否されたことは注目すべきことである。一方で、ドイツではPKKは禁止された。我々は言う。オジャランを解放せよ! クルド人闘士への迫害を止めよ! 統一クルド社会主義共和国を!
ブルジョア民族主義の国内的な様相は、ヨーロッパの黒い肌の移民や東欧からの移民のコミュニティーに向けられる人種差別主義の急激な増加となって現われている。これらの人々は、大規模な国外追放、そして国家やファシストによる暴力に直面している。低賃金で汚れた仕事をする「客人労働者」としてはもはや必要とされない移民は、解雇されている。その一方で、特にこれら移民の第二世代の若者は、支配者によって軽蔑の目で見られている。こうした若者が仕事も将来もないなかで、支配階級は、爆発をひかえている社会的な火種のように彼らを恐れている。ヨーロッパ全域で、いわゆる「社会主義者」により統治された資本主義体制は、マイノリティーの若者をテロにかける警官を解き放っている。その一方で、ブレアのイギリスでは、黒人やアジア人に対する抑圧がとても激しく増加しているので、政府は、警察内の「制度化された人種差別主義」を認めざるを得なくなった。
人種差別主義の抑圧は、資本主義搾取の仕組みと不可分に結び付いている。ソ連の崩壊以来、社会民主主義政権と人民戦線政府(政府内において労働者階級の党を、ブルジョアジーへと結びつける連合)は政権を担当してきた。それらは「福祉国家」を破壊するという明確な目的を持っている。資本主義支配者たちは、西側労働者の高い生活水準を維持する義務をもはや感じてはいない。それは以前に第二次世界大戦において赤軍の勝利の結果生じた東欧の歪曲された労働者国家の計画経済による社会保障と競争するためのものだった。ブルジョアジーが、搾取の程度を強化しようとするなかで、移民は、単に国外追放の標的にされるだけでなく、失業や惨害を被る都合のよいスケープゴートとして利用される。反移民の人種差別主義は、全労働者階級への攻撃の最先端にある。労働者階級とマイノリティーの利益は、ともに進めなければならない。さもなければ彼らは別々に後退してしまうだろう。労働運動は、右翼の抑圧から全ての移民と難民の完全な市民権を勝ち取るために闘わなければならない。
自国の労働者大衆に対するブルジョアジーの戦争強化とともに、十月革命の最終的な破壊は、社会的反動を強め、いつものように女性が主要な標的のひとつになっている。旧ソ連と東欧における資本主義反革命は、女性を極度に貧窮化させ、彼女らを仕事から追い出し、「子ども、教会、台所」の虐待へと追い返している。西欧や北アメリカ全域では、中絶の権利が一致した攻撃にさらされている。その一方で、いわゆる「第三世界」(単にそこだけではないが)では、イスラム原理主義の宗教勢力が、反女性のテロで暴れ回っている。そして女性の解放に対するあらゆる家族的、社会的障害物を支えようとしているのである。
エセ左翼は、社会民主主義者を権力の座につけるということが、「右翼と闘う」またファシストと闘う手段であるという幻想をまき散らしている。これはまっかな嘘である。こうした資本主義政府は、移民を容赦なく迫害し、その一方で殺人的テロを拡大するファシストギャングを保護するのである。ファシストを禁止するよう人種差別主義のブルジョア国家へ訴えることは、単なる自殺行為であり、国家抑圧の武器庫を増大させるだけである。それは必ずや右翼でなく左翼に対して使用されるのである。我々は、ファシストの挑発行為を粉砕するため、全ての被抑圧者の先頭に立つ組織されたプロレタリアートの社会的力を動員するために闘う!
西欧における黒い肌のプロレタリアは、単に無防備な犠牲者でなく、人種差別主義の資本主義制度を破壊することができる労働者階級勢力の重要な構成部分である。しかしながら、統合されたプロレタリアートの力を動員するには、社会民主主義の議会指導部と組合指導部に対する政治闘争を必要とする。こうした指導部は、人種差別主義の害毒を労働者階級に注ぎ込む伝導ベルトであり、その親資本主義的政治は、ファシズムの温床として役立つ大衆の惨害や絶望という状況を単に永続させてきたに過ぎない。人種の抑圧、弾圧に対して緊急の社会闘争に積極的に取り組むことだけが、ブルジョアジーに対する多民族のプロレタリアートを統一させるための基盤を築くことができる。しかし、労働組合の「指導者たち」は、逆の政策を追求する。例えば労働組合に人種差別主義の警官を組織することによってである。警官は労働者ではない! 我々は要求する。警察官は組合から出て行け!
資本が、労働者階級に対して使用する予備軍として持つ武装したギャング、ファシストをきっぱりと粉砕するには、社会主義革命を必要とする。しかし、より大きな社会民主主義のブルジョア労働者党に政治的に追随するエセ左翼は、資本主義体制への大胆な強襲をかけることなど全くできない。欧州議会選挙におけるLOとLCRによる急場しのぎの選挙綱領には、「革命」はもちろんのこと、「社会主義」にさえ言及していないのは、教訓的なことである。こうした憶病な改良主義者にとって、最大限綱領は、社会民主主義の綱領である「福祉国家」という古き良き時代へ立ち返ることなのである!
レオン・トロツキーによって創設され、修正主義によって破壊された第四インターナショナルにたいして、かつては口先だけのお世辞を言った人たちのほとんどが、第二インターナショナルの公然たる政治的代弁者になったことは、ソ連崩壊後のプロレタリアの意識的後退を計る尺度となる。ところでこの第二インターナショナルのことを英雄ローザ・ルクセンブルクは、すでに第一次世界大戦の時、適切にも「悪臭を放つ屍」と表現したのである! 資本主義支配に公然と黙従しているこうしたエセトロツキストに対してはっきりと区別するなかで、我々は新たな十月革命のために闘う。そのためには、社会主義革命の世界党としての第四インターナショナルを再度鍛え打ち固めることが必要なのである!
マーストリヒトを打倒せよ! 労働者の ヨーロッパを!
以前は反ソNATO同盟への外交的従属物であった現在の欧州連合は、ヨーロッパの資本家による経済的、軍事的、政治的優先順位に応じた不安定な補助的機関である。それは、ドイツの主要な帝国主義の競合者、アメリカと日本に対してだけでなく、ヨーロッパの労働者、非ヨーロッパの移民に対しても向けられている。最強の構成部分であるドイツとともに、欧州連合は、主要なヨーロッパのブルジョア諸国家の根本的に相対立する利害が現われ出ている競争舞台でもある。
資本主義は、個々の民族国家を基盤として組織され、それ自身世界を再分割するための繰り返される帝国主義戦争の原因となる故に、一つの安定した汎ヨーロッパのブルジョア国家を凝結させることは不可能である。ジョスパン、シュレーダーなどによって説教されたような進歩的なヨーロッパの「超国家」という展望は、まっかな嘘である。レーニンがかつて記したように、ヨーロッパ資本主義合衆国は不可能でありまた反動的でもある。「もちろん、資本家のあいだや、列強のあいだの一時的な協定は可能である。この意味では、ヨーロッパの資本家の協定としてのヨーロッパ合衆国も、可能である。…なにについての協定か? どのようにして共同でヨーロッパの社会主義をおさえつけ、かきあつめた植民地をどのようにして日本とアメリカにたいして共同でまもるか」(「ヨーロッパ合衆国のスローガンについて」1915年8月)。
これとは対照的に、労働者の権力は、実際EUが進歩的であり、また恐らくそうだろうと主張する。そして「ある程度までヨーロッパの労働者は、マーストリヒト条約の履行後に、大陸的規模で反撃するため十分に武装されるだろう」(『ワーカーズ・パワー』、1992年6月)と主張しているのである。従ってWPは、資本主義による「統一」ヨーロッパの代弁者となっているのである。トロツキーは当時中間主義者について次のように書いた。「だが社会愛国主義者との断絶を恐れるものは誰でも不可避的に社会愛国主義者の手先になる。これは法則としてたてられる」(「十月革命の教訓」、1935年4月)。
議会主義的クレチン病というパロディーのなかで、WPは、ヨーロッパ規模の憲法制定議会を呼びかけてさえいるのである!
LOは、同様に、マーストリヒトに関して棄権主義の立場をとっている。実際に、こうしたグループは、左翼民主主義者として活動しており、資本主義の反動に「民主的」なうわべをとりつくろうとしている。我々はレーニンの立場に立っている。EUの「統一」は、プロレタリアートや被抑圧者に対し向けられている。それは、ユーゴへ爆弾の雨を降らせ、「不法」移民に対して国境警備をおこない、オジャランをトルコの拷問室に引き渡しているのである。
スカーギルのSLPによって発行されたユーロ議会に向けた声明は、欧州連合からイギリスが脱退するよう呼びかけている。「我々が脱退するよう投票せよ」と題したその声明は、EUとマーストリヒト条約を、増加する失業と経済状態の一層の悪化の根本的原因であると述べている。この声明は、マーストリヒト条約があろうとなかろうと、各国の労働者の主要な敵が、「自国」ブルジョアジーであるということをおおい隠しているのである。サッチャーのイギリスは、ヨーロッパの共通通貨について重大な討議が行なわれる何年も前に、「福祉国家」の解体を率先して実行した。EUに対する我々の反対は、プロレタリア国際主義の展望に基づいており、SLPの民族主義的保護貿易主義には基づいていない。労働者革命を通じた資本主義の打倒、そして世界規模の社会主義社会の一部として、ヨーロッパ社会主義合衆国を設立することのみが、真に人類に恩恵をもたらす生産的富の発展に向けた基礎を築くことができるのである。
第四インターナショナルを再度鍛え打ち固めよ!
アジアにおける経済的崩壊によって激しく衝撃を受けるなか、日本経済は、過去50年のなかで最大の危機に瀕している。日本帝国主義は、それ自身ブルジョア軍国主義を一新しようとする積極的な試みで応じている。アメリカとNATO同盟諸国が、セルビアに対し巡航ミサイルや爆弾の集中攻撃を開始するなかで、海上自衛隊は、北朝鮮のスパイ船と思い二隻の船に対し発砲した。海上自衛隊が兵器を使用したのは戦後これが二度目であり、一度目は1953年に北海道沖でソ連の船に対して行なわれた。
スパルタシスト・日本グループ(SGJ)による声明は、次のように記した。
「アメリカ/NATOによるセルビア人の虐殺を支持する一方で、日本の支配階級は、世界の最高警察としてのアメリカ帝国主義の役割が、太平洋地域におけるアメリカの主要なライバルである彼らに対しても向けられていることを十分承知している。ソ連の崩壊以来、日米安保条約は、日本のブルジョアジーが真に求める利益に益々適合しなくなってきている。すでに世界第二位の軍事費を投入する日本帝国主義は、自力で戦闘体制に入ることのできる陸軍と海軍を準備するため、修正を加えた軍事ガイドラインを押し進めている。」
「帝国主義軍隊に一人も一円も出すな」と強く主張するなか、SGJは、帝国主義戦争に対する闘争が、階級闘争から離れては遂行できないことを強調した。
「日本の労働者は、社会主義アジアに向けた闘争において、また帝国主義の攻撃に対し中国、北朝鮮、ベトナムの無条件の軍事的防衛とプロレタリア政治革命に向けた闘争において、インドネシアからフィリピンに至る労働者と団結しなければならない。必要とされているのは、労働者階級を国家権力へと導く非妥協的なプロレタリア党である。」
アメリカ、ヨーロッパ、日本におけるブルジョア軍国主義の増大に反映された帝国主義間対立の激しいエスカレーションは、帝国主義の根本的な法則を表している。帝国主義は、リベラルや改良主義者が強く主張するように、より慈悲深くなることが可能な政策ではなく、レーニンが規定したように、それは「資本主義の最も高い段階」である。「帝国主義とは、独占体と金融資本との支配が形成されて、資本の輸出が顕著な意義を獲得し、国際トラストによる世界の分割がはじまり、最大の資本主義諸国による地球の全領土の分割が完了した、そういう発展段階の資本主義である。」
レーニンは、カウツキーによる「超帝国主義」論に対し論駁をおこなったが、それは今日では「グローバル化」というような名で生き返っている。「超帝国主義」は、資本主義超大国が、国際的に統一した金融資本によって、世界の協同搾取に平和的に合意することができると主張したのである。これとは反対に、レーニンは次のように主張した。「資本主義のもとでは、勢力範囲、利益、植民地その他の分割のための根拠としては、分割に参加する者の一般経済上、金融上、軍事上、等々の力の計算以外のことは、考えられないからである。」
少数の帝国主義諸国は、国内における労働者階級の搾取率を高めることにより、植民地と半植民地世界を略奪することにより、そして競合者を犠牲にして市場を強奪することによって、相対的な競合状態を改善するため無慈悲な闘争に従事するのである。従ってその基礎は、帝国主義者の相対的力の変化に応じて、世界を再分割する新たな戦争のために敷かれているのである。レーニンは次のように主張した。
「『国際帝国主義的』あるいは『超帝国主義的』同盟は―それらの同盟がどういう形態でむすばれていようとも、すなわち、ある帝国主義的連合にたいする他の帝国主義的連合という形態であろうと、すべての帝国主義列強の全般的同盟という形態であろうと―、不可避的に、戦争と戦争とのあいだの『息ぬき』にすぎない。」(レーニン、『資本主義の最高の発展段階としての帝国主義』)
ヨーロッパの資本主義超国家が、平和的手段で建設されることができるという労働者の権力のようなエセ左翼によって主張される観点は、単に現代のカウツキー理論の変種に過ぎない。もうひとつの変種は、核兵器の存在が、資本主義的帝国主義を、少なくとも「民主的」帝国主義者を新たな世界戦争に訴えるのを抑止するだろうという見方である。ピーター・タフィーの労働者インターナショナルのための準備委員会との論争のなかで、我々は、この見方が民主的帝国主義者への哀れな忠誠を示していると指摘した。民主的帝国主義者は、第二次世界大戦の終りに、すでに敗北していた敵に必要のない原爆を投下したのである。帝国主義支配者の理性的行動と自制を期待する今日の「左翼」は、故意に忘れっぽくなっている。手を血で染めたベトナムのじゅうたん爆撃は、理性的行動も、ためらいさえも持ってはいないのだ。
間の抜けたことには、アメリカのブルジョアジーの一部は、弱さと債務によりロシアは軍事介入に踏み切れないと推測している。ツァーのロシアは、第一次世界大戦においてオーストリア(従ってドイツ)に対して軍事力の動員を選んだ時に、強力ではなかった。戦闘員の誰もが、そのような「合理的な」計算にはふけらなかった。つまり彼らは皆、戦争が2、3ヵ月程度で終わると予想したのだった。これこそが戦争の始まり方である。中間主義の敵対者は、彼らが、この点で追随しているブルジョアジーと同じように愚かである。我々は、ある合理的な社会制度を扱っているのではなく、むしろ帝国主義を扱っているのである。世界社会主義革命のみが、人類を野蛮な結果から救うことができるのだ。
ヒトラーによる権力掌握の余波に関して書くなかで、ロシアの革命的指導者であり第四インターナショナルの創立者レオン・トロツキーは次のように述べた。「貿易、工業、農業、財政の破滅的危機、国際的経済諸関係の分断、人類の生産諸力の減退、階級矛盾、国際矛盾の耐えられないまでの激化―これらは資本主義のたそがれを証し、そしてわれわれの時代を戦争と革命の時代と特徴づけるレーニン主義の正しさを完全に証明する。」そして「戦争と第四インターナショナル」(1934年)の中で次のように主張することによって結論づけた。「われわれの時代にあっては、ただ国際的原則に基礎を置き、プロレタリアートの世界党の隊列に加わっている組織のみが、民族的土壌に根をもつこと―このことについては、議論の余地はない。戦争に反対する闘いは、今や第四インターナショナルをめざす闘いを意味する!」
我々は、同志トロツキーによって始められた任務を前進させようと努める。第四インターナショナルを再度鍛え打ち固めよ!
国際共産主義者同盟
(第四インターナショナリスト)
スパルタシスト・日本グループ
〒115-0091東京都北区赤羽郵便局私書箱49号
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